大人気OUTBACK本の中身をご紹介/佐藤副校長のコラム「トモキチとの出会い」/送料無料で絶賛販売中
OUTBACKアクターズスクールが今秋出版したDVD付き書籍「演じることで人生が変わる」(1500円)は、おかげさまですぐに増刷が決まるほどの注目を集めています。DVDに収録されているのは、トモキチが主役を務めた第1回公演のオリジナル劇「まだ見ぬ世界へ」(約40分)のフルバージョン。YouTubeで見られるのは短いダイジェスト版だけなので、ぜひフルバージョンをご鑑賞ください。
本の中身も、各スタッフのコラムやドニーの解説、スクール生全員の自己紹介など盛りだくさんで、写真も満載です。
収録されている文章の中から、佐藤光展副校長のコラムを転載します。
トモキチとの出会い
OUTBACKアクターズスクール副校長 佐藤光展
彼はいつも草むらの中にいた──。
出会ったのは2020年春。息苦しくなるばかりの新聞社を辞めた私はこの頃、福祉業界の実態を知るため、横浜市磯子区のB型福祉作業所シャロームの家(NPO法人さざなみ会)で生活支援員として働き始めました。精神疾患のある人たちが50人以上利用するこの作業所は、草刈りやメール便配達などの肉体労働がメインで、最低賃金に近い時給が支払われています。
トモキチは、強制入院させられた精神科病院を2019年夏に退院し、時給の高さに惹かれてこの作業所で草刈りをするようになりました。私は、運転手として草刈隊を現場まで運び、一緒に草刈りをするのが日課となったため、そこでトモキチを知ったのです。
寡黙な彼の行動は特徴的でした。他の人が避けたがるような、草が最もボウボウに生える場所にわざわざ入り込み、ひとりただ黙々と、草にまみれて草を刈り続けるのです。極端な人嫌いなのか、ひとりがそんなに好きなのか、何かにおびえているのか、よく分かりませんが、キャラがかなり立っている印象を受けました。
当時は目つきも鋭く、この世を呪う黒い陰が瞳を覆っているようなイメージでした。そんな目つきで鎌を手にしているのですから、まさに殺し屋の風体。今では笑い話ですが、「彼に背中は向けられない」と思ったものです。
しかし、そんなトモキチに私は惹かれていきました。来る日も来る日も、炎天下の日も休まず黙々と、草を刈り続けるのです。「彼は何かと闘っているんじゃないか」「自分を変えたいんじゃないか」などと、興味が沸き上がりました。彼の母親や主治医に会ったり、自転車特訓を手伝ったりするようにもなりました。
彼の病名は統合失調症。幻聴や妄想に苦しむ病気です。しかし、原因は長年の研究でも特定されておらず、心筋梗塞や糖尿病など、証拠がはっきりした確固たる病気ではありません。幻聴や妄想は、誰でも極度に追い込まれると表れます。ですから特殊な病気ではなく、様々な原因で起こる症候群なのですが、精神科で「統合失調症」というラベルを張られた途端に、周囲の無理解が襲い掛かって居場所を失い、孤立を深める人が多くみられます。そして孤立が、幻聴や妄想をより強めていくのです。
トモキチは学生時代、ケガによる長期休学を境に学校内で居場所をなくし、孤立していきました。早くに父親を亡くして家計は厳しく、バイトで学費を稼いで専門学校を卒業したものの、ブラックな職場で心身ともに疲弊し、自分の考えていることが相手に伝わっていると感じる「思考伝播」を自覚するようになりました。
こうした時、近年注目されるオープンダイアローグ(開かれた対話)のような周囲の関わりがあれば、彼の症状は悪化せずに治まっていたかもしれません。しかし今の日本に、こうした状態の人への受容的な環境はほぼありません。トモキチの孤立はさらに深まり、遂には家で暴れて警察が出動、強制入院(措置入院)になりました。社会から隔離され、縛られ、薬で鎮静させられ、彼の心はますます強張っていきました。
2021年4月、OUTBACKアクターズスクールが開校しました。精神疾患を抱える人には、人並み以上の豊かな感性があります。特性や症状ゆえの弱さはあっても、過酷な境遇を乗り越えてきた強さもあります。そして何より、存在感が抜群なのです。彼らの力や魅力を社会に広く発信することで、精神疾患へのいわれなき差別や偏見を減らせるはずだ。彼らの発信力を向上させる術はないか。そう考えていた時、演劇指導の経験が豊富な中村マミコ氏と出会い、精神疾患の人向けの演劇学校を一緒に立ち上げたのです。
誰をスカウトしようか。私の頭に真っ先に浮かんだのがトモキチでした。出会ってから1年。草刈りなどの作業を積み重ね、それなりのお金も得ることで自己肯定感が少し芽生えたトモキチは、相変わらずの寡黙さながらも、好青年の目に変わっていました。そして、「色々なことに挑戦したい」という思いを明かしてくれました。この本の自己紹介欄にある「本当はやりたくないです」という二律背反のお茶目な気持ちと共に。
彼ならいける。主役を張れる。私は確信していました。本番前日、夜まで続いた練習の後、トモキチはすぐに家には帰らず、大きな缶酎ハイ2本を両手に持って、劇場近くの山下公園前を彷徨っていました。プレッシャーと闘っていたのです。でも、私は心配しませんでした。彼は既に、人生の様々な苦境を乗り越えてきたのですから。
翌日、トモキチは福祉の世界から飛び出して、「人に感動を与えられる人」になりました。以来、トモキチファンは増える一方。そろそろファンクラブを作らないといけないようです。
この本は、当サイト内のオンラインショッピングでご購入いただけます。今年11月の第2回公演も大成功したので、来年はDVD付き書籍第2弾を制作します。
撮影:佐藤光展